三ヶ尻亮子の日記


日々の日常と思いを書きとめます。nekonohi2000@yahoo.co.jp
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カテゴリ:歴史( 5 )


土佐市新婦人フェスタ

新婦人土佐市支部のビッグイベント、新婦人フェスタが、29日の日曜日に開催されました。
今回、18回めとなります。
さまざまな小組みや、日ごろの活動の発表をするイベントです。

会場は、土佐市の高岡にある、社会福祉センターのホールです。

私は、コーヒーコーナーを担当。10時に会場に集まって、準備をおこないます。

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日ごろの活動の発表会として、さまざまな展示があります。

パソコン小組は、写真や年賀状などのハガキ、案内状、チラシ、表などを展示しています。

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パッチワーク小組は、手作りの作品を展示。大きなタペストリーやバッグなども展示していました。クリスマスシーズンのツリーやサンタさん、かわいいです。

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新婦人新聞を使った、紙袋です。目立たせたい面を前面に出しています。シルバー会員さんにプレゼントを入れる袋としても使われました。

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ステージでは、楽しい、さまざまな発表があります。フラダンス。素敵な衣装を着て、素敵な踊りを披露しています。次の曲のときは、緑色の衣装に着替えて踊っていました。

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こちらは、着物小組のみなさん。着物を着て会場に来て、ステージ上で、帯をつけたり、お人形に、訪問着、振袖の着付けを披露してくれました。短い時間にてきぱきと、着つけていきます。

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ステージの最後を飾るのは、洋裁小組のファッションショー。自分が作ったものを身につけて、披露してくれます。昔の着物を、洋服に作り変えて、素敵です。

ステージでは、日本舞踊やコーラスの発表もあり、盛りだくさん。75歳以上のシルバーエイジさんをたたえる時間もあります。シルバーさんを代表して、タマキさんが、昔の戦争体験の阿なしをしてくださいました。女学校だったときに、学徒動員で、愛知県に行き、工場で飛行機を作る仕事についていたこと、寄宿舎に住みこみますが、食べるものがなく、豆が米よりも多いごはんにみそ汁だけという食事、部品がなく、仕事が充分にできなかったことなどをお聞きしました。貴重な経験のお話、ありがとうございました。

休憩時間には、絵手紙体験や、布草履体験などもおこなわれていました。

今年のフェスタは、例年よりも多い、111人の参加で、私のコーヒーも大忙しでした。
がんばって活動している発表の場があると、励みになりますね。みなさん、輝いていました。来年も楽しみにしています。

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by mikaryo | 2015-11-30 20:22 | 歴史

浦戸城遺跡めぐり

桂浜にある坂本龍馬記念館で有名な場所が、浦戸城があった場所だということを、つい最近知りました。

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桂浜と坂本龍馬記念館は、何度も(5回以上)訪れていますが、浦戸城があった場所だということにまったく気づいていませんでした。

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太平洋に向かって建っている、坂本龍馬記念館。この建物の建っている場所が、浦戸城のあったところです。

国民宿舎、桂浜荘の下にも遺跡があり、桂浜荘を建てるときに、お城の城壁部分を移築しています。

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桂浜荘の入り口付近、駐車場に移築しています。よく見ると看板が立っていました。

この横から、浦戸城の天守跡への上り口があります。

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坂道を上がると、天守跡がありました。

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今は、神社の所有地になっているそうで、祠がたっています。以前は気象観測地として使っていたとのことです。

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桂浜荘の隣にある、坂本龍馬記念館。新しい記念館を建てる計画があるらしく、隣の駐車場部分に建てる計画だそうです。↓
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しかし、この敷地の外側部分や、敷地の下には、浦戸城の貴重な遺跡などがあるとのことです。建物を建てることになると、遺跡の保存は難しくなりそうです。

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浦戸城跡についての看板がありました。今まで気づかなかったくらい、目立たない所にありました。

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駐車場の奥(海側)から遊歩道があり、浦戸城の遺跡があったところを歩くことができます。その遊歩道から見た風景。

太平洋を望む風景です。長宗我部元親も、浦戸城からこの風景を見ていたのでしょう。

最近は、長宗我部元親の人気が高まってきているそうで、全国に元親ファンがいるとのことです。最近もNHKの歴史秘話ヒストリアで長宗我部元親のことがとりあげられていました。今まであまり知らなかったことが多くありましたが、歴史の遺産として、坂本龍馬だけでなく、長宗我部元親のことももっと知らせられる遺跡を残し、アピールしていくことも大事ではないかと感じた、遺跡めぐりでした。


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by mikaryo | 2015-02-08 00:52 | 歴史

60万回のトライ

今日、11月24日は、高知市の中央公園で「まもろう平和、なくそう原発」高知県民集会が開かれました。

今回の集会は、集会とデモ行進に加え、マルシェ(市場)とステージコンサートがおこなわれるビッグイベントとなりました。

私もマルシェの一つとして「平凡堂ブックカフェ」をオープンしました。

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テントに、本とドリンク、ぜんざいを販売しました。本はあまり売れず(数冊売れました)コーヒーとぜんざいが途切れなく売れ、大忙しでした。

お隣にあるのは「日本コリア協会・高知」のお店です。来月、12月11日に上映するドキュメンタリー映画「60万回のトライ」をアピールしています。

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韓国料理のチヂミ(お好み焼き)とキンパ(海苔巻き)も販売しています。

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ちょうど今日の高知新聞で「60万回のトライ」の記事がのりました。

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大阪の在日朝鮮高校を3年間取材してとった、ドキュメンタリー映画です。

ラグビー部が強いことで有名な高校です。ラグビーというと、青春、というイメージですが、青春とともに、「在日」という背景があります。

ドキュメンタリー映画の魅力として、生の姿を知ることができます。

「60万回」というのは、60万同胞、という意味だそうです。でも今は、60万人もいないそうです。高知県の在日朝鮮人は600人ほどだそうです。

同じ日本に生きる仲間として、在日朝鮮人の姿を見てみたいと思います。


上映会は12月11日(木)、高知県立美術館で3回上映します。15時からは、監督のトークもあります。

ぜひ、ご参加ください。

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by mikaryo | 2014-11-24 21:42 | 歴史

野中兼山

土佐市の高岡町に住んでいますが、家の近くに水路があります。野中兼山の治水工事でできた水路です。
そんな昔からある水路だとは、少し驚きです。

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高岡小学校の近くの水路です。

野中兼山は、江戸時代の家老職だった人で、土佐藩の治水工事などをおこない、県内各地に野中兼山がつくったといわれる水路があります。お隣の春野町の水路も有名です。

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野中兼山のお屋敷があったとろろに碑があります。お城の門の横にあったのでしょうか。お城のすぐ前だということは、かなり地位の高い位置にいたのでしょう。

有能なはたらきをしたようですが、一方で苛酷な工事をさせたようで、失脚して死去し、家族も幽閉されます。
末娘の椀が40歳を過ぎて幽閉から解かれ、高知市の朝倉に居をかまえていました。椀の生き方を顕彰する「椀の会」などもあり、最近、冊子を出版しています。来年は椀の生誕400年になるそうで、大きな企画も計画されているようです。

失脚した家老ですが、今だに県内各地に兼山を顕彰する碑や神社があり、兼山の偉業がたたえられています。

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高岡小学校の水路沿いに、「兼山神社」があります。その隣には碑があります。

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「兼山神社」は五台山や香美市のほうにもあります。

身近なところに歴史を感じるものがあると、過去の歴史を身近に感じます。

娘の椀の生き方を描いた小説があり、映画化もされたようで、今だに兼山、椀のことが受け継がれています。

椀は40歳過ぎまで幽閉され、その後、医者として生きた生き方が感銘を与えているようです。野中家の処分は男系が絶えるまで幽閉するという苛酷なものでした。幽閉というのは苛酷なもので、精神的に追いつめられると冊子に書いてありました。椀は幽閉中でも学び、自らの精神状態を平穏にたもった強さがあったようです。

水路の近くには水仙が咲いていました。

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by mikaryo | 2014-02-23 21:43 | 歴史

碑めぐり

先日、平凡堂書店にいたら、大阪から来たお客さんがやってきました。

「城西公園に、槇村浩の碑があると赤旗の記事で見て、大阪から見に来たけど、どこにある?」と尋ねられました。

槇村浩さんのことは、高知県に来てから少しずつ知るようになってきましたが、城西公園に碑があることは知りませんでした。

残念ながら、碑がある場所を教えることができずに、草の家が発行した槇村浩の詩集をおすすめして、購入していただきました。

そこで、地元、高知県人の先輩に聞いて、槇村浩の碑がある場所をつきとめました。配達のついでに、写真をとってみました。

碑は、城西公園の中ほどではなく、川を越えた公園の道路に面しているところにありました。

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槇村浩の「間島パルチザンの歌」の詩が碑に刻まれています。

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間島という場所は、中国東北部にある、延辺朝鮮自治区で、そのことをうたったうたです。
槇村浩は、間島に行ったことはないのですが、間島のことを的確に表現しているそうで、間島で使われている教科書に「間島パルチザンの歌」がのっているそうです。

城西公園には、ほかにも碑がいくつかあります。

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日中不再戦の碑。中国とのもめごとがありますが、麻生さんや安倍さんにも見てほしいですね。

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「戦死せる教え子よ」の碑。教え子を再び戦場に送らないということを誓った碑。
憲法を変えるなどとは、とんでもない話ですね。

城西公園のすぐ近くには、植木枝盛さんのお宅がありました。

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家はすでになく、自由民権会館に、展示されているようです。

こうして見ると、すぐ近くに見所があり、歴史の勉強にもなります。
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by mikaryo | 2013-04-24 00:29 | 歴史